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「一陽来復」~冬至の過ごし方~京の銭湯巡り(第2弾) 

12月21日は「冬至」だった。言うまでもなく夜が一番長い日。

暦が作られた時代、「冬至」が一年の始まりと考えられていた。
陰陽五行説によると、冬至は「陰」が極まって「陽」に転じるとき
という意味だそうな。「一陽来復」という言葉もそれにつながる。

一点に縮まってきたものが一気にリリースされるようなイメージ?
下がりに下がってきたものが、この日を境にV字に上昇へ転じるイメージも。

いずれにせよ、これから良いコトになるだろうとする始めの日か?

そんな理屈はさておき、冬至と言えば、「柚子風呂」だ。
風呂と言えば、やはり銭湯。

ちょっと遠いが、ついでがあったので、伏見は深草の「寶温泉」へ。
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寶温泉の建物は、洋風建築だった。
昭和6年に建てられたという。
住宅街の路地の突き当たりに
この威容が現われる。

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21日は京都市内の銭湯は
いっせいに柚子を入れる

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↑脱衣所はロマネスク調?の意匠     ↑脱衣カゴは「柳行李」と呼び今では貴重で
 天井が高い!                  高価な品だそう。置いてある銭湯も少ない。
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高い天井から羽式扇風機   はめ込みガラスのロッカー   タイル職人の芸術的技

何もかも古いものを大切に使っている銭湯だ。
一度暖簾をくぐると、一気に昭和にタイムスリップできる。

浴室内は例によって撮影できないが、タイルのデザインなどが
やはりノスタルジーを感じさせるほどステキだった。

因みにスチームサウナがあったが、めちゃめちゃ熱かった。
また、湯船の湯がグルグル回る俗称「人間洗濯機」があった。
この人間洗濯機はまたの機会に解説したいと思う。

肝心の柚子風呂は?
普段は「薬草風呂」にしているところを「柚子」を入れていた。
柚子の香りと肌のピリピリ感がたまらなかった。

またひとつお気に入りの銭湯をみつけてしまった。
伏見の深草とは少々遠いが、また来てみたいと思う。

寶(宝)温泉
℡:075-641-5924
住所:京都市伏見区深草大亀谷西久宝寺町18
金・第2土休 15:30~23:00 Pあり


ところで、我が家の柚子風呂は、いただきモノの
「水尾の柚子」を贅沢にも使ってみた。
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水尾は、化野から細い山道を延々走った奥深い山里。
柚子の一大産地だ。とれた柚子は水尾ブランドとして
祇園の料亭などで重宝されるらしい。

水尾の里には、冬季に「柚子風呂」と「鶏すき」でもてなす
民家がいくつかある。またいつかレポートしたいと思う。

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師走の風物詩「大根炊き」 

ちょっと前になってしまったが、12月6日に鳴滝の「三宝寺」という
お寺さんでの「大根炊き」に行ってきた。

「大根炊き」は、「だいこだき」と発音されることが多い。
京都市内では。この大根炊きを催す寺院が結構あるが、
その起源は相当古く、お釈迦さまが菩提樹の下で悟りを
開いた日=12月8日に因んでこの時期に行う寺が多い。

よく「中風(ちゅうぶ)除けの・・・」という接頭語がついたりする。
中風とは脳卒中のこと。大根をいただいて健康増進という
気持ちもこめて、大根炊きの寺には多数の方が遠方からも
来訪する。

P-のり家の近所、鳴滝には、2寺院が毎年この行事を執り行う。
了徳寺」さんが12月9日と10日(毎年同じ)で
三宝寺」さんが12月6日と7日(土日に合わせる?)。

P-のり家は、了徳寺さんとご縁があり、相方が毎年大根炊きの
お手伝いをさせていただいている関係で、ずっとそちらにお邪魔し、
大根をいただいていた。

しかし、今年は9・10日ともweekdayのため伺えず、ならばと、
節操がなしと言われそうだが、初めて三宝寺さんに伺ったのである。

三宝寺は、天神川通に連なる「周山街道」国道162号線が
一条通(きぬかけの道)と交差する「福王子」交差点から
高雄方面へ数百メートル走り、途中東側の山中に入るルートだ。
自転車ではかなりキツイ急勾配の長い坂が待っていた。
伽藍は、深い山懐に抱かれて建っていた。

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↑三宝寺の総門。        ↑沢山の大鍋で大根を炊く

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三宝寺の立派な庫裏。この裏手の
書院の座敷で大根をいただく。

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飴色に輝く大根。出し汁がよく染みていて大変美味しいのだ。
具材の「お揚げ」は、嵯峨豆腐とのこと。ということは森嘉さんの?
別途望めば、柚子風味の炊込みご飯もいただける。

三宝寺は日蓮宗のお寺。12月7日は開祖日蓮上人の忌日であるそう。
なので、報恩法要を兼ねて行うそうだ。本堂では、読経をあげている。

7日には、本堂で裏千家宗匠による、献茶式も行われているそうだ。

三宝寺
℡:075-462-6540
所在地:右京区鳴滝松本32番地
嵐電「宇多野」から徒歩15分 
市バス(8系統)三宝寺バス停から徒歩5分
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今年はうかがえながったが、「了徳寺」さんもご紹介したい。

了徳寺は浄土真宗の寺院。鳴滝のひっそりとした住宅街の
奥にその伽藍は在り、普段は極めて静かな寺なのだが、
毎年12月のこの2日間だけは、大根を求める参拝者で
けして広くはない境内が年末の錦市場さながらにごった返す。

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了徳寺さんで使われる大根は、「篠大根」といい、
亀岡、保津川沿いの保津峡にむかう手前右岸
一帯の肥沃な地域だけで栽培されもの。
非常に貴重でなかなか一般的には手に入らないので、
まぼろしの篠大根」と呼ばれるそうだ。

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了徳寺の大根炊きの謂れは、次の通り。
親鸞上人が愛宕山月輪寺の帰途、この地に立ち寄り
説法をした際、里の人々が大根を炊いてもてなしたという。
親鸞上人は、ススキの穂を束ね筆にして、十字の仏語を
書いてお礼に渡したとの故事に由来する。
了徳寺境内には、今でもそのススキの塚がある。

了徳寺
℡:075-463-0714
所在地:京都市右京区鳴滝本町
嵐電「鳴滝」駅から徒歩10分
市バス(10・26・59系統)鳴滝本町バス停から北へ5分




丹後へ(その2) 

丹後はこの季節「カニ」の水揚げ最盛期だ。
それに合わせてか、週末ともなればカニ目当ての人々のクルマが
列をなして丹後の日本海沿いの漁村の宿へむかう。

「間人」と書いて、何と読むかご存知だろうか?
P-のりは、最近まで知らなかった。人間の反対か?
「タイザ」と読むんだそうな。普通に考えたら永遠に読めない。

間人は、京丹後市丹後町にある、美味しいカニのブランド漁港として有名だ。
読み方は分からなかったが、「タイザ」の発音は聞いたことがある。

でも、カニそっちのけで、海景色を撮ってきた。
夕景があまりにもキレイだったから。
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もうひとつ海の景色。
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これは、網野町という漁村兼温泉場の前の日本海である。
カニづくしの料理が出る温泉旅館がいっぱいだ。
いつか泊まってみたいが、カニの季節は高いらしい。
冬が終わってからにしよう!



京丹後には、意外に(ホンマに失礼!)ナイスなカフェがあったりする。
大宮町の国道312号沿いにあったカフェは、とっても
P-のり好みのカフェで、思わず通ってみたいほどだった。
「ハニカムカフェ」と呼ぶ。
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ハニカムとは、ハチの巣穴のこと。
六角形のデザインモチーフが可愛らしくない?

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バーカウンターもあり、バー使いもできそう。DJブースもあったりするので、
LIVEなんかもしてくれるのだろうか?
とにかく、恐ろしく落ち着ける雰囲気。音響も素晴らしく、
ジャンルはよくわからないが、スローなナンバーが心地よかった。

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失礼を承知で言うが、店の裏が田畑であるとは思えないほど、
都会的な雰囲気であり、お店の方の接客マナーも料理の美味しさも
京都市内によくあるカフェなんかよりもすごくレベルが高かった。

京都市内に雨後のタケノコのようにできている商業主義に走った
カフェなどに食傷気味だったら、ぜひ行ってみて欲しいと思う。
感動さえするだろう。

honeycomb cafe(ハニカムカフェ)
お店のHPは⇒こちら
TEL:0772-68-0182
住所:京丹後市大宮町河辺804-3
火曜休 11:00~22:00











京の銭湯巡り(第1弾) 

P-のりの最近のご執心は、銭湯である。

季節柄、暖かいお風呂が恋しくなる気分に合わせて
私の「銭湯熱」は治まるところを知らず、ぐんぐん上昇している。

きっかけは、勤務先の知人の中で、趣味が特に合うFさんが
メールに残したひとことふたことである。


そのときFさんと盛りあがっていた話題は・・・
「ひとり黄昏れられる場所」であった。

仕事ができて業務多忙のFさんは、日々の句読点として
ときには息抜きすることを重視している。明日への活力として
「黄昏れる」そのひとときを過ごす場所を、語り合っていた中で
Fさんが吐露してくれたのが、次のような内容だった。

「何の予定もなくぽっかり空いた一日があったので、1人でふらりと
 バスに乗って宝鏡寺、白峯神宮…中略…と気のむくままに周ってきました・・・」
「・・・ラストは銭湯で汗を流してスッキリ」
「やっぱりシメは旅先の銭湯ですかな?…中略…レトロなんだけど
 機能的な銭湯が私の好みなんです。」
「銭湯というのはやはり徒歩がいいです。地元の人が歩いてきてる銭湯。
 そこに入る私は完全な異邦人ですから、控えめに控えめに入らせていただきます」

(ほぼ原文のまま)


この一連の文面を読んで、私の銭湯への「旅情」は急速に高まっていた。
とりあえず、いずれかの銭湯に足を運んで見たくなった。

生まれてこの方、自宅には常に風呂があり、銭湯に行くことなどこれまで
ほとんどなかったP-のりである。それでも、学生のとき、アパートの風呂は
ユニットバスで狭かったので、近くの銭湯に時々行っては開放感を満喫した
こともあった。だから、銭湯に行くことは、むしろ「非日常」のイベントであった。



京都に来てから行った銭湯と言えば・・・有名な船岡温泉ぐらいであった。
とりあえず、船岡温泉をもう一度堪能してみよう。他の銭湯はそれから・・・
・・・と、P-のりの「銭湯巡りライフ」はスタートしたのであった。

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船岡温泉は、船岡山の真南、鞍馬口通沿いにある。
鞍馬口通の千本通と大宮通に挟まれたこのあたりは、P-のり一押しのゾーンで
お気に入りのスポットが多数点在している。スガマチ食堂さん月光荘さん
喫茶ガロさん、蕎麦処かね井さん、藤森寮さんさらさ西陣さんわらび餅茶洛さん…と取り上げたら
キリがないほどだ。そんな愛すべき船岡山南にひときわ存在感を放って建っている。

↑写真を見たら、その雰囲気は伝わるだろうか?
船岡温泉は、大正12年!にお風呂も楽しめる料理旅館として創業され、
戦後公衆浴場に改編されたらしい。そのためか、通常の銭湯の建物としては、
かなり大規模な建物である。その前に大きな石組みの塀と隆々たる松!
銭湯というよりは、絢爛豪華な料理屋さん?と言うべき趣だ。
ちなみに、この建物は国の有形文化財に登録されているという。
さもありなん!

これも料亭風の暖簾をくぐって上がると、通常の番台形式ではなく、
広いロビーにフロントがあって、ここで入浴料を払うところまで、
旅館に来たという気分になる。平成20年12月現在の大人入浴料は\410円。
これが後になって、「何てお得なんだろう!?」と思わせてくれるほど、
船岡温泉は楽しいし、癒されること請け合いだった。

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写真がどれも暗かったり、ピンぼけだったりですみません。

暖簾をくぐり、脱衣所に足を踏み入れると、あっ!と声をあげそうになるほど、
室内の作りがスゴイのだ。まず天井。「格天井」と呼ばれる天井をささえる
格子みたいなのが十字に張り巡らされているアレだ。桃山時代以降の
寺院などに行くと見られるのと同じ。
京都の他の銭湯にも多く見られる。ただ、船岡温泉のソレは、格子の縁が
紅く塗られていて、ダークブラウンとのコントラストがキレイで芸術的でさえある。

また、脱衣所を取り囲む欄間の「透かし彫り」が圧巻である。「上海事変」が
モチーフになっているという。その芸術作品を見ていると、風呂に入るのも
忘れそうになるほど見入ってしまう。

柱にかかっている大時計は、大変古い貴重なものらしく、「ANSONIA」という
USA製らしい。戦前日本に時計生産の技術がないころに輸入されたもの。
その秒針の刻み方が大変優雅であり、見ほれてしまうほどだ。

緑色基調の幾何学模様のタイルは、「マジョリカタイルと」呼び、
ここでは、脱衣所から浴室へ続く通路まで続いていた。
後で分かったことだが、このタイル観賞は、銭湯巡りの楽しみのひとつに
なっているとも言える。
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肝心のお風呂は、写真はもちろん撮れないので、解説のみになる。
船岡温泉の浴室はかなり広い!しかもお風呂の種類がハンパじゃない。

通常の風呂、泡風呂、ジェット風呂、薬風呂、電気風呂だけでなく、
露天風呂や打たせ湯などもある。P-のりがすきなサウナ&水風呂も
かなり広いものがある。本当にココは天国だ!
露天風呂は、男女ともそれぞれ桧風呂と岩風呂のタイプがあり、
毎日入れ替わるので、日を替えて両方楽しめる!

船岡温泉は、非日常的な銭湯として十分楽しめる。だからP-のりも
行き始めて最初の頃は、興奮してしまって「黄昏れる」余裕もなかったが、
最近では落ち着いてきて、しっかり癒されている。

船岡温泉は、本当にスゴイ!!410円は、心からお得と言いきれる。
大大プッシュの銭湯です。未体験の方はぜひ!

船岡温泉
℡075-441-3735
住所:京都市北区紫野南船岡町82
無休 15:00-25:00
(日祝は8:00からやってはります!朝風呂へGO!)

丹後へ(その1) 

実は私、先般から仕事の関係でweekdayは福知山に居を移している。
その街は、山陰道「国道9号」をひた走ると京都市内から2時間程度だ。

福知山に住みながら、ときには丹後地方にクルマを走らせることも。
福知山についてはおいおい話すとして、今日は丹後方面のことについて書きます。

京丹後市は、2004年に峰山町、大宮町、網野町、丹後町、弥栄町、久美浜町の
6町が合併してできた市である。
丹後半島の西部に位置し、京都府内では最も最北の市とも言える。


この地域をウロウロしてみると、実に多くの古き良き建築物に遭遇する。
市立峰山小学校も偶然に発見し、その美しい外観に一目ぼれしてしまった。
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京都市内の小学校と違い、立ち入りがフリーであったので、
勝手に入らせていただいて、写真をパチパチ撮っていると、
先生らしき人が玄関からでてこられた。
早速声を掛けさせていただくと、まるで怪しむそぶりもなく
こちらの質問に親切に応えていただけた。嬉しかった。

先生のおっしゃるところによると、この校舎は昭和4年ごろに
建てられたもので、2Fが講堂になっているところが珍しくそこが
自慢であるという。大変古いものであるので、耐震性などが?だが、
卒業生から「絶対に取り壊すな」という強い声をいただいていると。

本当に丁寧に誇らしげに話して下さっている姿を拝見し、そんな
素晴らしい校舎で学べる生徒や先生、また母校を誇りに思える
卒業生を羨ましく思った。

次は大宮町口大野というところに在った建物
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すでに、使われていないらしかったが、有形文化財のプレートがあった。
結局、何の建物か分からなかったが・・・

この建物が面している道は、「ちりめん街道」と呼ばれる。
丹後ちりめんの産地であったこの地域は、江戸後期から昭和初期にかけ栄え、
あちこちから機織の音が聞かれ、街道筋は大きな商家が軒を連ねたらしい。
そのため、当時をしのぶ建造物も多く保存されているという。
ちりめん街道のことは、改めてゆっくり巡ってみたいと思う。

この建物の近くにあった一軒家のパン屋さん
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↑街道から見える看板      ↑可愛らしい店舗

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↑窓から北近畿丹後鉄道の単線越しに  ↑これは持ち返りしたパン
 田畑が眺める牧歌的なロケーション
 
1両編成の列車がトコトコ走る姿を眺めながら、パンとコーヒーがいただける。
思わず頬がゆるんでしまうのだ。パンはもちろん持ちかえり可能。
店名からしてフランス風なのだが・・・あんぱんなんかもあったかな?

COPINE 「コピンヌ」
お店のHPは⇒こちら
℡:0772-64-5020
住所:京丹後市大宮町口大野358
(北近畿丹後鉄道 宮津線 大宮駅から南へ数百m)
月火休 11:00-18:00くらい

幾星霜にもわたって訪れたい喫茶 

その「喫茶星霜」を初めて知ったとき、言い知れぬ予感を感じた。

初めて知ったのは、「ちゃありぃ」さんのブログである。
ちゃありぃさんとは、P-のりが喫茶道?にまつわることで、
こころから敬愛する方である。

そのブログの写真を拝見したとき、普通ではない「何か」が頭の中で
はじけた気がした。それ以来居ても立っても入られなくなり、
気がついたら、京阪特急に乗っていたのである。

京阪天満橋駅は、京都から1時間たらず。
喫茶星霜は、その駅から橋を渡ってすぐのところにあった。

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何と言えばいいのだろう? 
店の前に立ち、そっと木製のドアを開けた瞬間、言葉を失った。
ロケーションも外装も店内の設え、調度品に至るすべてが
オーナーの徹底した審美眼とバランス感覚によって選び抜かれ、
そこに存在している・・・と言ったら言い過ぎか?

でも、それくらいショッキングだった。私にとってはほぼ完璧な空間。


ほとんど呆然というか、恍惚とした面持ちで店内を眺めていたら、
オーナーの河野さんが、オーダーを受けに来てくれた。
その優しいホスピタリティに溢れた物腰が、この店の醸し出す
雰囲気と見事に合っている。

彼の優しい眼差しを見ていたら、次の言葉が私の口から滑りでたのだ。
「どこかで、お逢いしたことありませんか?」
そうなのである。いつ、どこなのかは思い出せないが、どこかで・・・?

すると、河野さんの口からも・・・
「実は、私もお逢いしたことがあると思っていたんです」と。


二人とも記憶を辿りながら、これまでの経歴や居住地を打ち明けあったが、
結局最期まで接点は見つけられなかった。でも、偶然にも二人ともが
どこかで逢っている気がしたのである。 極めて不思議な体験であった。

ちょうど夕刻の陽も傾きかけた時期。店内には他のお客様もおらず、
二人で色々な話題について触れ合った。

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そんな中、お店のデザインについて話が及んだとき、意外にも
内装はまだまだ理想に至っていないという河野さんの言葉だった。

彼の理想のイメージは、「ワンダフルライフ」という是枝監督作品のロケで使われた
東京月島の「中央水産研究所」の建物らしい。
聞けば、それは近代建築仕様で、昭和7年に建てられたらしい。

彼は何と近代建築ファンだったのだ。
私も浅い知識と興味であるが、同様にファンであった。
私が京都から来たことを知り、木屋町の「旧立誠小学校」の建物も
気になることを告白した。それから、これまで見てきたものや気になる
建物のことで話は弾み、あっというまに時間が過ぎていった。

また、是枝監督など、映画についても様々なことを語り合い
いつしか閉店の時間になってしまっていた。

「『ワンダフルライフ』は、ぜひ見てください!」という河野さんの
強いリコメンドに、強い期待感を抱いた。必ず観賞したいと。


「また来ます!」と言い残して、また木製のドアをパタンと閉めた。
言葉にならないほど、気持ち良い余韻を噛みしめつつ、夕暮れの中
天満橋の駅へと川沿いを歩いた。
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天満橋から大川を西へ望む

「星霜」とは、年月や歳月をあらわす意。一年で星は天を巡って来る。
霜は、巡る季節のなか冬に降るもの。昔の人は冬の到来で
1年を数えていたからだそうだ。降り積もる年月のことを、
よく「幾星霜」などと言う。

何てステキな響きなんだろう?私も季節ごとにできれば毎月のように
ここを訪れたい。そんな気分にさせてくれる喫茶をまた知ってしまった。



実は、星霜は8月に初めて訪れていた。最初に伺った翌週末にも
また行ってしまった。ついついである。その後も何度もうかがって
いたのだが、ここに書くのは初めてである。

喫茶星霜の魅力を上手く伝える自信がなくて躊躇していたからだ。
でも、結局書いてしまった。書かずにはいられなかったからでもある。


それと、是枝監督の「ワンダフルライフ」は、スゴイ!
空想的な話なのに、ドキュメンタリーみたいだった。
切実に考えさせられてしまった。

「喫茶星霜」といい、「ワンダフルライフ」といい、私の「人生観」を
変えてしまった、といっても大げさではない。

喫茶星霜
お店のブログはこちら
℡06-6354-3518
大阪市北区天満4-1-2天満佐藤ビル1F
日曜定休 9:00-19:00

紅葉三昧の一日~真如堂から黒谷さんへ 

紅い紅葉を眺めると心が踊ってしまう。
そんな気持ちになったのは、いつの頃からだろう。
若いときは、感じられなかった感情でもある。

京都市内は、山沿いを中心に自生でも庭木でも
モミジ・カエデが多いことに気づかされる。この季節ならではだ。

我が家の周辺も紅葉が紅々と青空に映えている景色を
見ることは多い。我が家にも小さいながらイロハモミジが
植えてあり、この時期には陽光を受け紅く燃えている。

でも、やっぱりあそこの紅葉を見たくなるのは、毎年のことだ。
それは、「真如堂」。かつては、紅葉景色の大御所「永観堂」や
「東福寺」などに比べれば、訪れる人は少なかったのに、最近は
観光ガイドに取り上げられるのか、あの不便で分かりにくい場所に
団体さえも来られるようにもなった。もともと狭くて行き止まりが
多い道にタクシーがわんさか入ってくるので、真如堂の門前は
騒然とした雰囲気だった。

P-のりの好みのルートは、吉田山を京大キャンパス側から抜けて
(時間があれば、吉田山の散策もオードブルの如く楽しんだりする)
吉田神社の「大元宮」や「宗忠神社」を巡ってから、宗忠社の参道を
降りていく。この参道が一直線に真如堂の門につながっている。
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宗忠神社から見た真如堂。参道の果てに真如堂門が見える。

真如堂は、本来「真正極楽寺」と呼ばれる天台宗寺院だ。
朱塗りの総門を進むと、両側にりっぱなモミジが並ぶなだらかな
階段を進むと真正面に本堂、右手に三重塔がそびえる。
絵になるのは、この三重塔と紅葉のコラボレーションだ。
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ただし、この日は三重塔周辺のモミジは散りかけであった。
本堂裏手のモミジは、青々としてこれからという状況。

その本堂裏手から細い道つたいに墓地が広がるなかを進んでいくと
いつのまにかお隣の寺の境内に入り込んでいる。このルートを
好んでよく通う。

お隣の寺とは、浄土宗の大寺院で通称「黒谷さん」と呼ばれる
「金戒光明寺」である。法然上人が比叡山から降りて来られ
初めて草庵をむすんで浄土宗の教えをひろめた場所という。

また、幕末に新撰組と会津藩が本陣を敷いた場所としても有名。
広大な墓地の北東の片隅に、禁門の変などで殉職した会津志士たちが
静かに眠る墓地がある。ここ通るたび、時代の悲哀を感じずにはいられない。

その会津藩殉難志士墓地にも程近く、広大な墓地や金戒光明寺の山門、
そして京都の街並を見下ろす丘に立っているのが、「文殊塔」である。
この文殊塔横に陽光に紅々と照らされている大きな一樹がある。
このモミジを毎年見にやってくるのだ。
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↑文殊塔横のモミジ。携帯写真なので発色がイマイチ。



帰り途、宗忠神社横の「吉田山荘」で一休み。
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堂々とした正門。「潜入」するのが躊躇われるくらいだ。

吉田山荘は、昭和天皇の義弟「東伏見宮」家の別邸として
昭和初期に建てられたものを、後に料理旅館ととして利用しているもの。

以前は、山荘2階の一室でお茶を楽しめたのだが、最近から
山荘横の蔵を改装し、「真古館」と名付けて、喫茶はこちらでのみ
利用可能としているようだ。
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真古館の2階からの眺め。北窓からは比叡山が、
東窓からは大文字山が見える。絶好のビューポイントである。

特筆は、お茶とともに女将「中村京古」さん直筆の書が供される。
ため息モノ(感嘆の意)のサービスである。
この日の書は、在原業平の歌であった。
「ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは」
この季節らしい歌ですね?

吉田山荘(真古館)のHPは、こちら

御室・双ヶ丘周辺をサイクリング 

長男に新車(自転車ですが・・・汗)を買ったので、初乗り会を決行!
ついでに鉄棒の練習をするための公園探しに2人のわんぱく君とサイクリング!
自宅近くに公園もけっこうあるのだが、鉄棒の高さが「イマイチ…」と2人はのたまう。

それならばと、P-のりの淡い記憶を辿ると、確か双ヶ丘の東麓に公園があった筈と
2人を連れ出した。途中「仁和寺」に立ち寄ったりもできるな・・・とP-のりの趣味も…

御室仁和寺は、世界遺産にノミネートされて以来、すんごい参拝者が増えた!
以前は、金閣寺や龍安寺に比べたら閑散としていて、国宝本堂も勝手に上がって
これまた国宝の如来像を間近に見られたりしたのに、今では特別拝観の時にしか
近づけなくなった。

でも、真言密教である仁和寺は、禅寺と違い塔頭が所狭しと並んでいないので、
境内がとっても広く、緑溢れる公園的な存在になっている。仁和寺背後の山も
巡礼札所になっていてこれも散策するにはもってこいだ。



仁和寺を早々に出て、双ヶ丘へ向かう。ここの東麓はひっそりとした遊歩道があって、
季節ごとに楽しませてくれる木々や花たちが沢山あるのが好きだ。
因みに、遊歩道の途中から双ヶ丘山頂へ登れる道に繋がっており、
3つある山の一番北からは、御室界隈や仁和寺の境内が一望に眺められるのだ。
なかなかの景色であるので、オススメ。
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↑双ヶ丘山頂から見た御室仁和寺
 (但し、春に撮影したもの)


東麓の公園に鉄棒を目当てに行ってみたが、果たして・・・無かったのだ。
残念がる2人を連れて、この近くに他には??・・・とまた淡い記憶のままに
向かった先は、「和(なごみ)のまち御室」という場所にある公園。

2・3つの遊具がある普通の小さな公園なのだが、意外にもここの鉄棒が
2人の好みに合ったようで、公園漂流者にならず、事無きを得た感じだ。

因みにこの「和のまち御室」は、かのオムロンの元本社工場の跡地。
かつて創業者名のまま「立石電機」と呼んだ企業も、その本拠地の
地名「御室」から「オムロン」と名付けたのは、有名な話。
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しかし、オムロンはご存知の通り大企業になってこの地は手狭になったのか
南のほうに引っ越して行った。ただ、創業者の元自宅が御室に程近い
嵐電鳴滝駅近く記念館として残してあったり、一族のどなたかがその
近くに住んではったりして、オムロンの痕跡はいくつかあるのだが・・・

「和のまち御室」は、かなり広いスペースがそのままキレイな住宅街になっており、
新しい住人による営みが展開されていてそれはそれで微笑ましい。
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「和のまち御室」の入口向かいに、道を挟んでひっそりと小さな寺院が在る。
「長泉寺」と呼ばれるのだが、この寺こそ鎌倉時代にかの兼好法師が住み
有名な随筆「徒然草」を書き下ろした跡地なのだ。
「つれづれなるまゝに ひぐらし すずりにむかひて・・・」
そんな歴史的にも重要な場所なのだが、確認できるものは門前の石碑だけ。
寺内は残念ながら一般拝観されていないようだ。

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つまり古来、この御室や双ヶ丘の地は、いわば隠棲の地だった。
今となっては家は沢山あるが、それでもどことなく侘しさを醸し出している御室。
そんなこの界隈の空気感が好きである。

オススメ!秋以外の高桐院も・・・ 

    秋、散り楓の映像を先般ご紹介したが、もっとオススメなのが、「雪」。
    ただ、京都と言えども今では雪は数える日数しか積もらないので、
    この映像が見られたら、幸運としか言い様がないかも知れない。

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    この冬も雪が多いのでは?と言うむきもあるので、期待できるかも。