FC2ブログ

年越し~新年の恒例 

みなさま、2009年明けましておめでとうございます。m(_ _)m
今回の年末・新年は、京都では比較的暖かかったですね。

P-のりも例年のごとく、年越しの除夜の鐘打ちと年始の
参拝に詣でてまいりましたが、寒さが苦になりませんでした。

除夜の鐘は、近所の「印空寺」さんで毎年突かせていただいてます。
一昨年は、東山の「法然院」さんでも突かせてもらいました。
去年からは、小倉山の「二尊院」さんでも・・・。
欲張りなP-のりは、鐘突きをハシゴしてしまうのです。

DVC00255_M.jpg
二尊院の鐘楼

二尊院さんは、総門から鐘楼までの参道づたいに竹筒の灯りを
ともしてくれてあるのが、とても幻想的でgoodですよ!

どちらのお寺の鐘の音も、私好み。どちらかというと低音が響く感じ。
丁度、年が変わる時間帯に北嵯峨の田んぼの真中に立つと、
遮るものがないので、八方から鐘の音がキレイに聞こえてきます。
アレは大覚寺さんのかな?これは天竜寺さんのかな?・・・とかね。
聴き比べると、色んな種類の音がありますね。

どちらも、11時40分くらいから突き始めて、108つを超えても、
参拝者ほぼ全員に突かせていただけますし、拝観料も要りません。
印空寺さんと二尊院さんは、無料で甘酒を振る舞ってくれたりして・・・。
そういえば、法然院さんでは「Lisnのお香」を参拝記念?にいただけます。
本当に太っ腹! ありがたいことです。

夜空に響き渡る、鐘の重低音を耳だけでなく全身で感じながら、
一年を振りかえりちょっと反省したりしつつ、寒さと相俟って
この身が清められた気分になるのは、本当に気持ちいいですよ。

寒いからとか億劫だからとかで遠慮されている方も、ぜひ
来年こそはチャレンジしてみてはいかがですか?
ウチの子供たちも眠いなかムリヤリ連れ出したのですが、
鐘突きが新鮮だったようで、来年もしたい!とヤル気満々でした。(笑)

印空寺 (いんくうじ)
住所 :京都市右京区山越西町8
℡: 075-872-4625

二尊院 (にそんいん)
住所 :右京区嵯峨二尊院門前長神町27
℡: 075-861-0687


--------------------------------------------------------------------------
年越しの鐘の後は、初詣・・・。節操がないといわれそうですが、
ここ京都に居ると不思議と歳時ごとにはきちんとケジメをつけないと
あかんような気になるので、季節をちゃんと感じるためにお参りを
欠かさないんです。

P-のりが決まってお参りする神社は、「大将軍八神社」さん。

祭神は、今では素盞鳴尊(スサノオノミコト)ですが、
江戸期以前は、大将軍という方位の神様。

社の由来は、平安京創建時に桓武天皇をして京の四方に
方除け、つまり方角の守り神として建立されたらしいです。
そのうち大将軍八社は、西の方除け神なんだそうです。

方除けは、「陰陽道(おんみょうどう)」からくるもの。
未だ自然界に対して科学による理屈が存在しなかった時代、
神の声を聞くことで、自然界からの災いやまつりごとの是非などの
吉凶をうらなったという話ですよね。

確かに、例えば雷ひとつとっても、現代の我々なら静電気によって
起こるものと平賀源内さんが調べてくれはったので、安心して
いられますが、もし知らなかったら何事か???と怖がって、
神に頼りたくなるのは当然でしょうか?

大将軍八社は、とくに方角の神として、方位の吉凶を占うのが
本命らしいです。「方違え」とも言うのですが、例えば旅を始めるときとか、
家を建てたりするときなどの厄祓いもするんだそう。P-のりも5年前に
家を建てるときに祓っていただきました。
以来毎年新年には参拝しています。我が家の守り神というつもりで。

大将軍八神社を年始にお参りすると、決まっていただくのが、「大焼き」。
社の方々自らが焼いてくれはるらしく、初詣の名物になっているそうです。
DVC00256_M.jpg
大将軍八陣社の「大焼き」
「大」の一字がユーモラス

大将軍八神社 (だいしょうぐんはちじんじゃ)
住所 :上京区一条通御前西入
℡: 075-461-0694






スポンサーサイト



師走の風物詩「大根炊き」 

ちょっと前になってしまったが、12月6日に鳴滝の「三宝寺」という
お寺さんでの「大根炊き」に行ってきた。

「大根炊き」は、「だいこだき」と発音されることが多い。
京都市内では。この大根炊きを催す寺院が結構あるが、
その起源は相当古く、お釈迦さまが菩提樹の下で悟りを
開いた日=12月8日に因んでこの時期に行う寺が多い。

よく「中風(ちゅうぶ)除けの・・・」という接頭語がついたりする。
中風とは脳卒中のこと。大根をいただいて健康増進という
気持ちもこめて、大根炊きの寺には多数の方が遠方からも
来訪する。

P-のり家の近所、鳴滝には、2寺院が毎年この行事を執り行う。
了徳寺」さんが12月9日と10日(毎年同じ)で
三宝寺」さんが12月6日と7日(土日に合わせる?)。

P-のり家は、了徳寺さんとご縁があり、相方が毎年大根炊きの
お手伝いをさせていただいている関係で、ずっとそちらにお邪魔し、
大根をいただいていた。

しかし、今年は9・10日ともweekdayのため伺えず、ならばと、
節操がなしと言われそうだが、初めて三宝寺さんに伺ったのである。

三宝寺は、天神川通に連なる「周山街道」国道162号線が
一条通(きぬかけの道)と交差する「福王子」交差点から
高雄方面へ数百メートル走り、途中東側の山中に入るルートだ。
自転車ではかなりキツイ急勾配の長い坂が待っていた。
伽藍は、深い山懐に抱かれて建っていた。

Dsc09100★ Dsc09109★
↑三宝寺の総門。        ↑沢山の大鍋で大根を炊く

Dsc09108★
三宝寺の立派な庫裏。この裏手の
書院の座敷で大根をいただく。

Dsc09103★
飴色に輝く大根。出し汁がよく染みていて大変美味しいのだ。
具材の「お揚げ」は、嵯峨豆腐とのこと。ということは森嘉さんの?
別途望めば、柚子風味の炊込みご飯もいただける。

三宝寺は日蓮宗のお寺。12月7日は開祖日蓮上人の忌日であるそう。
なので、報恩法要を兼ねて行うそうだ。本堂では、読経をあげている。

7日には、本堂で裏千家宗匠による、献茶式も行われているそうだ。

三宝寺
℡:075-462-6540
所在地:右京区鳴滝松本32番地
嵐電「宇多野」から徒歩15分 
市バス(8系統)三宝寺バス停から徒歩5分
--------------------------------------------------------------------------
今年はうかがえながったが、「了徳寺」さんもご紹介したい。

了徳寺は浄土真宗の寺院。鳴滝のひっそりとした住宅街の
奥にその伽藍は在り、普段は極めて静かな寺なのだが、
毎年12月のこの2日間だけは、大根を求める参拝者で
けして広くはない境内が年末の錦市場さながらにごった返す。

Dsc07277★ Dsc07271★
Dsc07274★ Dsc07266★
了徳寺さんで使われる大根は、「篠大根」といい、
亀岡、保津川沿いの保津峡にむかう手前右岸
一帯の肥沃な地域だけで栽培されもの。
非常に貴重でなかなか一般的には手に入らないので、
まぼろしの篠大根」と呼ばれるそうだ。

Dsc07260★
了徳寺の大根炊きの謂れは、次の通り。
親鸞上人が愛宕山月輪寺の帰途、この地に立ち寄り
説法をした際、里の人々が大根を炊いてもてなしたという。
親鸞上人は、ススキの穂を束ね筆にして、十字の仏語を
書いてお礼に渡したとの故事に由来する。
了徳寺境内には、今でもそのススキの塚がある。

了徳寺
℡:075-463-0714
所在地:京都市右京区鳴滝本町
嵐電「鳴滝」駅から徒歩10分
市バス(10・26・59系統)鳴滝本町バス停から北へ5分




中秋名月~ひと月遅れ 

毎年欠かさないのが中秋の観月。

去年までは、大沢池(大覚寺)の観月の夕べにお邪魔していた。


今年は、趣向を変えて・・・

北山の京都府立植物園の観月祭に。
Dsc08775★
植物園内の広場にステージを設けて
LIVEなどを行っていた

植物園の帰り道、上賀茂神社にも立ち寄った。
Dsc08793★
神事を行う舞台で、雅楽演奏や
アコースティックLIVE演奏などをしていた

今年は、運良くキレイな朧月夜で、幻想的な名月がずっと眺められた。

この日、京都はこれら以外にもあちらこちらの社寺で観月祭を催していた。

あなたは、どちらの月をご覧になりましたか?

ゆく夏を送る火 

昨日の五山送り火は、皆さんどちらでご覧になりました?

P-のりは、去年に引き続き、北大路橋(加茂川の橋)周辺にしました。
ここは、4つも見られるので、欲張りな私にはぴったりの場所。

まず、北大路橋西詰の河原で、午後8:00点火の東山の「大」を待ちます。
河原に、今年から何故か変な植込みができてしまい、拝観スペースが減少。
点火直前は、大変な混雑になってしまいました。去年はゆったり眺められたのに。

8:00になると、東山如意ヶ岳に大の中心にまず火が点いて?、
やがて大の字全体がじんわりと浮かび上がる様は、何度見ても
幽玄の美を感じます。京都に住んでてよかった、と思える一瞬です。

でも、ちょっと残念なのが、写真を撮影するのにフラッシュをたく方ばかりなこと。
フラッシュをたいても、送り火の山には光は届きません。
フラッシュオフモードを必ず選択して撮影することを強くお奨めします。

とは言いつつも、河原で「大」をボーッとしばらく拝んでいました。


次は北大路大橋を渡ります。橋の上から「大」をパチリ。
DVC00111_M_20080818003735.jpg
画像が荒いのは、ご容赦下さい。
橋の上は、観賞する人でいっぱい。

橋の上からは、「妙」の字もちょっと見えました。

続いて、橋を東詰に渡って、植物園の方へ歩くと、
加茂川の上流方向に「船」が点火し始めました。

船を堪能してから、橋を戻ろうとすると、北大路通の西の彼方に
左大文字が点火していました。
DVC00114_M_20080818004301.jpg
これも画質が非常に悪いですが、
携帯のフォトなのでお許しを・・・(^ ^;;

・・・という具合に、4つまで拝見できました。

自宅方面に戻って、広沢池の燈篭流しを拝みに来ました。
すでに、鳥居形は消えていましたが、広沢の水面には、
おびただしい数の燈篭が浮遊していました。

DVC00118_M.jpg

Dsc08673★

五山送り火とともにご先祖の霊は帰って行かれます。
京都のお盆は、これで終わり。夏も終わりです。



そう言えば、今日の雲はどこか秋のそれのようでした。
080813_183015.jpg

「冥界」の入口に行ってみますか? 

世間的には「お盆」のと呼ばれる、この数日。
郷里から離れて暮らす人々は、これを機会に里帰りを敢行する。

しかも、よせばいいのに多くの企業がこれに合わせていっせいに
長い休みを設定するので、人類の移動がこの前後に集中して
交通網が混雑するという図式。昔から何の疑問も持たずに
おびただしい車の渋滞や、満員の新幹線に身を投ずる人も多いのでは?

もっとも、今年は油の高騰で、高速道路の渋滞は減ったらしく、
まったく良いのか悪いのか・・・



「お盆」は、すなわち盂蘭盆会の略称?らしく、
それは、サンスクリット語の「ウランバーナ」が語源だとか?
ウランバーナは「さかさ吊り」の意とも?
さかさ吊りにされている餓鬼を助けることに繋がっているらしい?

お釈迦様の弟子の目連さんが、亡くなったお母さんを探したら、
「餓鬼界」におちて餓えていたので、お釈迦様に相談したら、
「安居(この時期の百日修行のこと)」の最後に修行僧に供養しなさいと
言われたので、その通りにしたら、その功徳でお母さんも救われたそうな。
その故事に因んで、ご先祖様が餓鬼界におちて苦しまないよう
その霊を供養するようになったのが、そもそもの「盂蘭盆会」らしい。

因みに、「安居」はこの夏期に行われるので、その明けのことを
解夏」と言うのだそうだ。聞かはったことありません?
さだまさし氏原作の小説のタイトルにもなりましたね。
解夏は、転じて「苦しみからの開放」の意もあるそうな。



余談が長くなりましたが・・・(^ ^;;
京都に住んで、「お盆」のイミを知って、そのスタートとして
まずご先祖さまの霊をお迎えする宗教的儀式として、
六道まいり」があることを知ったときは、「へぇ~!」と感嘆した。

京都の人々(の多く)は、お盆に先立って、8/7~8/10に
東山の「六道の辻」にある六道珍皇寺に足を運ぶ。
2回目の今年も、涼しくなった夕刻に「六道まいり」に出かけた。
080807_211413_20080814020756.jpg

「六道」とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天上の六つの道=世界のこと。
仏教の基本理念は、魂はこの六つの世界を輪廻転生するとされる。

また、六道の辻のある辺りは、平安の昔には「鳥辺野」という
葬送の地だった。昔は一般人が死んでも火葬・土葬はせず、
野っ原に死体を言わば放置するのが、一般的葬り方だったので、
それは、すさまじい光景だったんでしょうね。

で、この地を「現世」と「冥界(あの世)」との境界ラインと考え、
ここを通って、ご先祖様があの世から帰って来はると考えられた。
よって、お盆に先立ってご先祖様のお迎えに「六道まいり」を行うのだ。

六道まいりには、手順がある。
080807_210136_20080814020539.jpg
朱塗りの門をくぐったら、まず参道の両側に並ぶ「高野槙」を
手に入れなければいけない。続いて、水塔婆を・・・と続くのだが、
これらを飛び越えて、今年は迎え鐘を「引く」ことで、完了にした。
080807_205942.jpg

何故、「引く」と書いたか?ここの鐘は、つかずに「縄」を引っ張って鳴らすから。
鐘は、お堂に隠れて見えない。ただ、縄だけがお堂の外に出ているのである。
DVC00281_M_20080814022056.jpg
↑昼間に撮影した「迎え鐘」のお堂。
引き縄だけがお堂の外に出ている。
これを、参拝者が順番に引く。ややくぐもった鐘の音を聴きつつ、
ご先祖様がいらっしゃるのを想像するのだ。

080807_210738.jpg



ところで、六道珍皇寺と言えば、平安時代の役人兼歌人の「小野篁」さん。
小野小町のお祖父さんでもある彼は、当時としては異例に大男で、
背丈180㌢以上あったとか。人間の身でありながら、毎夜この寺の
井戸」から、冥界にいる「閻魔大王」のもとに通っていたという。
そして、嵯峨の清涼寺さん近辺にかつて在った寺の井戸から帰って
来たという。ホンマかいな?
DVC00282_M.jpg
これが、その冥界入口の井戸。

普段は、本堂横の小窓から拝むしかないのだが、特別拝観の際に、
間近から拝見できたのだ。それにしても、この井戸に「入ってみたい!」と
思うのは、P-のりだけだろうか?ただの怖いもの見たさやけど・・・。

Dsc08488.jpg
小野篁さんには関係ないが、特別拝観のときに見た
六道珍皇寺の書院に掲げてあった書。
日日是好日」と書いてある。嬉しくて思わず撮影してしまった。(^ ^;